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明日があること

自分もあの日がなければ「明日」が来ることは当たり前で暮らしていた。
突然自分の身、または家族の者に「明日」という日を奪われたら・・・

1月7日大切な友人のお母さんが亡くなられてしまいました。
それは、交通事故です。横断歩道をあと一歩で渡りきるところで・・・
心臓の病気も克服し健康のために歩いていたそうです。

その訃報を聞いたときは、実家にいて私の一番下の弟の「来年はもう7回忌になるね」
と話をしている時でした。
弟も交通事故で亡くなってから6年になります。
弟の場合は自分で車を運転中でした。
プロのドライバーでしたので、考えられない事故で原因が今だにわからないまま
になっています。
ただ、せめてもの救いが誰も傷つけるがなくて
たった一人で逝ってしまいました。
そして最後の言葉も聞くことなく・・・

事故で突然家族を失ってしまう悲しみは
残されたものが、後悔に苦しめられます。
なぜ、あのとき・・・そこへ行ったのか・・・
こんなことになるなら
もっとなにかしてあげればよかった・・・と

いくら自分をせめてもどうにもならないことは
わかっているんです。
でも、そうしていないとくやしくてくやしくて押しつぶされそうに
なります。
友人のお母さんは、相手さえちゃんと見ていてくれたら
こんなことにはならなかったはず・・・
うちの場合以上に悔しくて気持ちの整理に時間がかかるかも知れません。

私も車を運転します。いつ加害者になるかもしれません
人事ではなくつねに車の運転には注意が必要です。
去年の暮れ、主人も奇跡的に軽傷ですみましたが。
一歩間違えれば、弟の様になっていたかも知れません。


友人のお母さんは、とてもしゃきしゃきしていて
中学時代よく遊びに行っていて、遅くまでお邪魔してると
おなか空いただろうっていっていろいろ作って食べさえてくれました。
なかでも、具沢山のおじやの味がいまでも忘れられません。
あったかくて、とてもおいしくて・・・

「おばさん、本当にいろいろありがとうございました
何十年ぶりに会えたのがこんな形で、とても悔しいけど
とてもきれいなお顔でした。

私達ずっと友達なので、星になってもちょっと心配だろうけど
見守っていて下さいね。」


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